日本ではおなじみの『七夕』や『十五夜』。どちらももともとは中国の節句のひとつです。
今でこそこのように天体にまつわる節句が定着しましたが、かつて、日本人は星に対してほとんど関心をもたなかったと考えられた時代がありました。
では、海外ではどうなっているのでしょうか?ここでは、世界各国にある星にまつわる伝説を紹介しています。
七夕は、毎年7月7日の夜に願いごとを書いた色とりどりの短冊や飾りを笹の葉につるし、織姫と彦星に願い事をして祝う日として知られています。「たなばた」または「しちせき」とも読み、日本では奈良時代から続く行事です。
今では五節句の1つとして数えられていますが、もともとは中国の行事で、その他台湾、ベトナム、大韓民国などにおいても、節供、節日の一つとして知られています。
その起源には数多く説がありますが、主に以下の3つが合わさってできたのではないかと考えられています。
1.もともと日本の神事であった「棚機津女(たなばたつめ)」の伝説
2.天帝の娘織女おりひめ(こと座のヴェガ)と牽牛ひこぼし(わし座のアルタイル)の星の恋物語にちなんだ星祭
3.奈良時代に中国から伝来した女性が針仕事の上達を願う「乞巧奠(きこうでん)」
日本の七夕の起源とされる中国の行事で7月7日に織女星にあやかってはた織りや裁縫が上達するようにとお祈りをする風習から生まれたそうです。庭先の祭壇に針などをそなえ、星に祈りを捧げます。機織りの技が上手くなるように、ひいては芸事の上達を願って催される祭事です。
古い日本の禊ぎで、乙女が着物を織って棚にそなえ、神さまを迎えて秋の豊作を祈ったり人々のけがれをはらうという神事です。
選ばれた乙女は「棚機女(たなばたつめ)」と呼ばれ、川などの清い水辺にある機屋(はたや)にこもって神さまのために心をこめて着物を織ります。そのときに使われたのが「棚機」(たなばた)という織り機です。
やがて日本に仏教が伝わり、お盆を迎える準備として7月7日の夜に行われるようになりました。この「棚機」と中国の「乞巧奠」が合わさり、現在の七夕が生まれたとされています。また、現在の七夕という二文字で「たなばた」と当て字で読んでいるのも、ここから来ていると言われています。
7月7日七夕の夜、天の川を隔てて輝く、わし座の1等星アルタイル(牽牛星)彦星とこと座の1等星べガ(織女星)織姫が 一年に1度だけ逢うことを許された夜。
琴座のベガは裁縫の仕事、鷲座のアルタイルと呼ばれる牽牛(けんぎゅう)星は農業の仕事をつかさどる星と考えられていました。この二つの星は旧暦7月7日に天の川をはさんで最も光り輝いているように見えることから、中国でこの日を一年に1度のめぐりあいの日と考えたことから、七夕ストーリーが誕生しました。
七夕と言えばこの「おりひめひこぼし伝説」を想像すると思いますが、この2人の関係を知っていますか?
だいたいの人が、ロミオとジュリエット的な家柄や格差によってお父さんに引き離された恋人が1年に一度出会えるロマンちっくな日。なんて考えているのではないでしょうか?
実際は、「結婚してもそれぞれが機織と牛飼いの仕事をまじめにすべきところなのに怠けてしまい、それを知った織姫の父が怒って仕事の責任をきちんと果たすように言い渡し、罰として二人を引き離した。ただし、年に一度だけは天の川を挟んで逢うことを許した」という厳しい話なんです。
また、短冊へ書く願いの由来も元来は、稲の開花時期である七夕に豊作を祈ったことや、機織(はたおり)が上手だった織姫にあやかって手芸、習字などの上達を願っていたことからきているんです。
ですが、結局のところ男女間の伝説なのでお願いごとも「変な男に騙されませんように」とか「素敵な人が現れますように」なんてのになるのかもしれませんね。